十字架ラビアンローズ

極端な神経質をこじらせていた時に書いていたノートのちょっと異常な筆跡の再現と、「完璧」を目指す事についての良し悪しに対する個人の考え方です。

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神経質をこじらせて書いたノートの筆跡の再現

2014.10.23.Thu. 10:03

今でも、部屋の外で音がするとか身体のどこかがかゆいとかそういう些細なレベルですぐに集中力が阻害されてピリピリカリカリヒステリック化してしまうという極度の神経質なんですが、それでも昔に比べたら幾分かマシになった方で。
高校生くらいの頃は、現在のものとはちょっと方向性が違う神経質をこじらせていまして、今改めて思い返してみるとそれはだいぶ異常でした。
あの、マジイミフすぎて呆れるという意味で。

僕は昔から、一次創作の設定まとめとか自分流のゲーム攻略本とかそういうのを制作するのが好きで、よくノートを書いていました。
しかしその時もまた極度の神経質をこじらせまして、ちょっと気に入らない出来になるとすぐノートを買い換えて一から作り直してしまうという。
もちろん、それでは流石にノートとそれを購入するお金とがもったいないので、ある時、もうこれ以上やり直す事がないように出来るだけ美しく完璧にしよう!と思い立ったんですが、そのやり方が非常におかしかった。

主に漫画家等が所持・使用しているようなテンプレート。
円等の図形を、さっと綺麗に書く事が出来ます。
これを、こうして、こうじゃ。

ありとあらゆる直線を定規で引き、ありとあらゆる曲線をテンプレートで書いたアルファベット。
しかもノートの罫線の幅を計測し、きちんとその半分の幅を意識して書いているという。
ある意味Century Gothicみたいな出来栄え。
しかし何だ、こんな手書きあってたまるか!!( ゚Д゚)

そしてお分かりだろうか…シャーペンなんですが、シャーペンなのに、その芯を更にピキピキに尖らせまくって書いているんですよ…。
今でも、シャー芯が折れた時・新しくなった時には、筆跡が汚くなるのが嫌でちょっと研磨したりするんですが、この頃はシャー芯の状況にかかわらず、常にピキピキに尖らせていました。
その方が美しいと感じられていたんですよ、神経だけでなくシャー芯まで尖らせまくっていたんだぜ…(遠い目)。
尖りまくっているがゆえに、書く時はあたかもノートを「彫る」ような感じになっていたんで、万が一書き損じが生じてしまうと、消しゴムで消しても跡が残って汚くなるので全くおすすめしません。

とまぁ、そんなイカれた手段を講じてまで完璧を目指したノートですが、それも結局3ページで心が折れて頓挫してしまいましたがね…。
上の画像で比較しているとおり、今はちゃんと普通に書いてますですよ(;・ω・)

因みによくネット等で「完璧を目指さなくてもいい」「ある程度は手を抜いてもいい」みたいなコラムが掲載されていたりしますが、最近になって、これは時と場合と人によりけりなんじゃないかなーと考えるようになりました。
僕は言ってもクリエイターである為、自分の手元に残る創作物を制作する時は逆に、思う存分完璧を目指しまくる方針でいく事にしました。
創作で手を抜いたりする事がどうしても許せず、それが精神衛生上宜しくないと感じられるのならば、もういっそ完璧であろうとしてもいいんじゃないかなって。
「あっ…良いんだ、完璧を目指しても良いんだ!( ゚Д゚)」って思える方が楽になる事もある、それが今の僕の指針ですわ。
もちろん、もうCentury Gothicみたいな字を書こうとは思いませんけど(苦笑)。
あと逆に、僕の手元に残らなかったり他の人も手を加えたりするようなものについては、ある程度手を抜くようにしていますよ。
例えば仕事で提出するHTML・CSSは、多少ソースが整理されていなくても、ブラウザ上でのページ表示に問題がないようなら直さないとかw
みんなにはナイショだよゼル伝)

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