十字架ラビアンローズ

目標というものは自然と出会うものです。学校や会社から「捻出させられる」目標は自分の首を絞めつけるだけのものでしかありません。

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「目標」というものが自分を縛りつけ苦しめるものになっていないか?

2014.1.7.Tue. 10:44

小さい頃からずっと「目標を立てる」という行為が嫌いでした。
○○が好き!→だからいつかは○○ゆかりの地まで旅行しに行きたい!」のように、自己の欲求から自然に発生してくるタイプの目標は良いんですが、「新年になりました、じゃあ今年の目標を立てなさい」というように目標を「捻出」させられるのは相手を理不尽に苦しめる行為であると思うのです。
そしてしぶしぶ目標を立てると、それで周囲が何かにつけて「今年は○○するっていう目標だったでしょ?」といった感じで、監視し難癖をつけ言動を縛りつけてくる。
他人から理不尽に余計なプレッシャーを押しつけられるなんて、極端な話、ブラック企業のやるような事じゃないか。
それを小学生、まだ年齢が1桁の頃から強いられなければならないなんて。

だいたい目標なんて、達成する事で何か自分にとって良い事があるようになっていないと駄目な訳ですからね。
多少過程が苦しくても「○○kgまでダイエットしてあの服が着られるようになりたい」のように「最終的には自分が幸せになれるゴール」があれば、それは目標として成り立つ。
これが、特に会社だと「○○の資格を取得したい→取得出来た→新しい仕事が出来るようになった→余計な仕事をさせられる→しかしそれが給料や待遇に反映されてはくれない→それって自分じゃなくて会社にとって幸せな事じゃないか」となる訳です。
(そしてこの場合、資格が取得出来ないと落ちこぼれの烙印を押されるという、どっちにしても負のスパイラルとなる訳で)

だから学校や会社から提出を要求・強制される目標なんて、そんな高尚なものを立てないでおいた方が身の為です。
学校や会社には目標っぽいものとして成り立つギリギリの線をいくものを適当に挙げておいて、自分を磨きあげたいのであればそれは自分一人でプライベートで目標を立てるようにした方がいい。
ちょっと汚いかもしれないですけど、それで自分で自分の首を絞めつけるような事にならないのであれば良いじゃないですか。
くれぐれも目標なんてものによって自分が苦しめられる事がないように、そして自分に合った目指すべき目標を「捻出する」のではなく「巡り会う」事が出来ますように。

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